2015年01月18日

会員総会の為に「年報」をよく読んでください

論壇:  会員総会の為に「年報」をよく読んでください 1112015


 次週午後、定期会員総会を開きます。教会憲法によれば会員総会は毎年1回、定期会を開くことが決められています。定期会で処理すべき事項は、@前年度の教勢及び事務報告、A歳入・歳出の予算および決算、B教会役員の選挙(任期満了に伴う信任選挙を含む)、C教会財産の管理及びその他の財務に関する事項(政治規準165条)です。議員の定足数は現住陪餐会員の3分の1で、表決は出席会員のみで行うことになっています。会員総会は今年1年間の、教会の方針を決めるものです。会員の皆様は、自分の教会員としての権利と義務を行使するために必ずご出席ください。なお会員以外の方も傍聴はできます。


 本日皆様の週報ボックスに、議案書でもある「年報」を配付しました。会員はこれをよく読み、会員総会に必ず出席してください。皆様が献げてくださった貴い献金がどのように用いられたのか、また反省点、今年の重要目標は何か、役員の選挙はどのように行われるのかなど、しっかり予習しましょう。また年報の巻頭言でも書きましたように、今年は讃美歌委員会と牧師招聘委員会を新設します。


 執事会によれば、今年は今までに行っていた土曜日の掃除当番制をやめ、すべての掃除を日曜日の午後に集中する計画だそうです。これによって生じる不具合はないか、執事会からよく説明していただきたいと思います。基本的には自分たちで使った部屋は自分たちで掃除してから帰るという姿勢を徹底することが必要でしょう。


 今年の会計報告で重要な一つは、旧会堂融資金返済と、新会堂建築融資金の会計を一本化したことです(23頁)。両者合計2500万円の借金を返済するマスタープランが紹介されています。基本的には今後5年間は無理しないで毎年100万円ずつ返済する。新会堂建築融資金(計800万円)は2019年から返済を始めるので、それまで余力を蓄える。旧CRCへの返済(計1500万円)は今後30年かけて返済するというのが骨子です。


 融資金は毎年100万円だけ返済するのに、なぜ予算の収入では150万円となっているか(21頁)という疑問が出てくるでしょうが、これは前述した、2019年に350万円返済するための積み立てということです。


 昨年の経常会計の収入実績が1107万円なのに、なぜ予算案では収入を30万円もUPしているのかという疑問については、昨年の融資金返済の項目が実績収入238万円あったのに、予算で150万円に減少としていることが解答です。つまり今年皆さんは「融資金返済献金」項目を少し減らして、その分を「維持献金」にまわしていただきたいということです。

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2015年01月14日

記録調査委員会

論壇:         記録調査委員会           1112015


 昨年私は腰の手術をしましたので、東部中会の委員会活動から外してくれと執行部に頼んでおきました。この願いは適わず、記録調査委員会に入れられました。この委員会は実質的に、年に2カ月だけ働くように見えます。なぜなら各教会から小会記録が送られてくるのは年に一度、2月だけだからです。これを3月までに閲覧して、4月の定期中会に「憲法違反の記録はありませんでした」と報告するわけです。それで実働的に一番簡単な委員会だと思われているようです。

 この委員会の仕事は、東部中会のすべての教会、伝道所、規定外教師から送られてくる「小会記録」「治会記録」を委員が分担して閲覧し、記録の方法が政治規準に適った適切なものであるかを判断し、もし不適切なものがあれば是正するよう命令する権限を持っています。


 私たちの教会会議は大会、中会、小会と段階的構成をなしています。中会は各個教会の公の働きを「小会記録」を閲覧することによって監督するわけです。各教会は上の教会会議によって監督される。これが長老政治の特徴です。単立教会や会衆政治を採る教会ではこのようなことはありません。自分たちの教会運営のやり方を、上級の教会会議が指導する、などということは考えも及ばないでしょう。それぞれの教会の働きはその教会だけで自己完結しているからです。


 もし教会員が、小会や教会役員から不当な扱いを受けたと思うなら、上級会議に訴える(ここでは中会)ことができます。また牧師の人事権を握っているのは教会ではなく中会ですが、もし牧師が中会から裁判を受けて罷免された場合、それが不当な扱いだと信じるなら大会に上訴することができます。教会会議の段階的構成は普段は見えにくいのですが、裁判などがあると特に明確になります。


 記録調査委員会は2カ月だけ働くように見えると言いましたが、本当は日ごろから集まって、長老主義について研鑽を重ねると共に、教師を具体的に教育するために講習会を開くなど、考えればいくらでも働きはあります。教勢がふるわない教会があれば、小会記録を見て、どのように話し合っているのだろうかと診察し、親身になって指導しなければなりません。しかしその場合は「教師の働きに関する委員会」「伝道委員会」のテリトリーに踏み込む恐れがあるので、実際には何もしていないのが実情です。他の委員会のテリトリーを気にするのではなく、それらの委員会と協力して問題解決にあたる柔軟な姿勢を持たねばなりません。尤も今の私は、仕事を増やしたくないので、黙っていますが・・・

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2015年01月03日

祈りに励む教会

論壇:         祈りに励む教会          1/4/2015


 昨年も教会は、神様から大きな恵みをいただいたことを感謝します。特にオリーブの会は、9月30日に「東部中会婦人会」の総会と修養会の運営を当番教会として担当し、立派にその役目を果たしました。これによって婦人会の皆様は東部中会への視野がさらに開かれました。


 しかし昨年はまた大きな試練も与えられました。牧師の手術を別にしても、礼拝出席者、教会学校生徒数が減少し、教会活動に精神的疲れが感じられるようになったかもしれません。このような時にこそ、祈りを熱くして前を向き、希望を持って教会生活に励みましょう。「神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです」(フィリピ書314)。神様は私たちの信仰生活を見ておられ、「賞」を与えようと待っておられます。


 今年は、祈りに熱心な教会になりましょう。元旦礼拝では、いつものプログラムに加えて「祈祷会」の項目を加えましたが、それは新年にあたり、祈りの年のスタートラインにしたいという理由によります。


 皆さんには、水曜日の祈祷会に出席していただくことを、今年は特にお願いしたいと思います。また出席できない方は、水曜日の午後7〜8時を、特別な時間として心に留めていただき、家庭で、職場で、帰宅途中の電車の中で、それぞれの場で、個人の祈りによって、教会で行われている祈祷会に心の参加をしてください。


 祈りの内容については、教会活動のため、長く礼拝を休んでおられる方のため、病の方々のため、牧師の健康回復のため、求道者のため、自身の信仰復興のためなど、盛りだくさんあるはずです。祈祷会に出席できた者たちも、自分たちが時間と健康を与えられて、この場に出席できていることを感謝するとともに、背後に、出席できない多くの方々の祈りの支えがあることを感じて、一層熱心に祈りに励むことができます。


 私の神学研修所での働きは春までお休みですが(説教学は1、2年生が対象)、9月21日(月)の東部中会信徒修養会(麻生文化センター)で講演をすることになり、講演題は「希望に満ちた福音宣教」と指定されました。腰の痛みをこらえながら「元気に伝道しましょう」などと掛け声をかけるわけにはいきませんから、この時までには健康が完全に回復してほしいと思います。ぜひ皆さんのお祈りをお願い致します。また講演題から言っても、横浜中央教会自身が希望に満ちて元気になっていなければなりません。今年は神様に「大きな願い」を祈り、教会を建て上げるために、主の栄光を掲げるために、共に励みましょう。

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2014年12月27日

今年の重大な出来事

論壇:         今年の重大な出来事         12282014


 今年は様々な意味で激動の年でした。喜びと悲しみ、反省と悔い改めの思いが去来します。皆様の1年はいかがでしたでしょうか。今年1年間の神様の恵みを振り返ってみましょう。


@、聖隷病院での「聖書と賛美の集い」(第2水曜日)に、1月から7月まで毎月ご協力し、立石牧師も説教奉仕しましたが、K一家の退会(9月)と共に協力関係がなくなりました。新しい展開を待ちましょう。


A、新会堂建築についてはアンケートの結果、多くの方の賛同と献金予約が与えられました。しかしその反面「急ぎ過ぎる」との指摘もありました。皆の心が一つになるよう祈りましょう。建築委員会が発足し、今まで多くの話し合いを積み重ねて来られました。資材高騰や職人不足で当初の設計の見直しを迫られていますが、新しい年の着工と完成を祈りましょう。


B、4月28日、立石牧師が腰の手術。5月21日に退院しました。その後はコルセットを装着して生活していますが、自骨を切り取って移植した部分が、まだ完全に癒着せず痛みが残っています。皆さんにはご迷惑をおかけしていますが、もうしばらく様子見です。引き続きお祈りください。


C、72931日、東部・東関東・東北3中会合同信徒修養会があり、350人ほどが参加しました。牧師は杖持参で参加することができました。このような中会の行事には皆で積極的に参加しましょう。


D、824日、木村恭子信徒説教者に、礼拝説教を奉仕していただきました。この日の午後は初めての試み、「流しそうめん」が好評でした。


E、927()、今年も皆様のご協力でフリマを行い、67,090円の売上がありました。これは地域恒例の行事で、地域の方々も教会の出店を期待しておられます。教会の宣伝のためにも、来年も開催できるといいですね。


F、930日、東部中会婦人会総会・修養会が横浜岩間市民プラザホールで行われました。当教会婦人会が当番に当たりましたので、オリーブの会は総力をあげてこれと取り組みました。何度もリハーサルした総会は完ぺきな出来栄え、修養会(145名)は川島利子ガンビア医療宣教師の現地報告でしたが、これも無事乗り切りました。また多くの方が当教会を訪問してくださいました。オリーブの会の皆様本当にご苦労様でした。


G、101416、大阪YMCAで大会が開催され、牧師は後半分に出席出来ました。この大会で憲法改正が行われ、女性牧師・長老が認められました。


H、11月2日、創世記の連続講解説教終了(開始は2013421日)。


I、教会学校のクリスマス祝会は大人の祝会と別に1週間早めて行いました。


J、礼拝出席人数がしばらく落ち込んでいましたが、クリスマス礼拝出席者は68名、キャンドル礼拝出席者は52名でした。来年も礼拝厳守を励みましょう。

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2014年12月20日

神の計画によるキリストの誕生

論壇:   神の計画によるキリストの誕生    12212014


 世界の歴史はBC(紀元前)とAD(紀元後)に分けられています。BCはBefore Christでキリスト前、ADはラテン語Anno Dominiで主の年という意味です。ADの使用の方が早いのですが(6世紀以降)が、それはキリスト教下の西欧でラテン語が公用語として用いられていたからです。BCの方は英語が西欧で主流となる17世紀以降に流通したと言われます。一人の不思議な人物の存在が、世界の歴史と時間の流れを分けているのです。


 さてイエス・キリストの誕生年を「AD1年」とするのは「ひいきの引き倒し」で、誕生年も誕生日も正確には分りません。しかしこれは古代世界の多くの偉人たちに比べると、その情報ははるかに詳細です。たとえば釈迦の生没年については多くの説(150年も差がある)があり全く分りません。ソクラテス、ヘロドトスなども誕生年は概説しかありません。ずっと後代(3世紀)の日本の卑弥呼については、誕生年は全く不明、574年頃誕生とされる聖徳太子についてはその実在を否定する説まであるほどです。


 イエス・キリストが生まれたのはユダヤのヘロデ大王(BC3年頃−4年)の治世で、イエスの一家はヘロデの幼児虐殺を逃れてエジプトへ亡命し、ヘロデが死んだ後に戻ったこと(マタイ福音書2:115)、さらに「キリニウスがシリア州の総督であった時に行われた最初の住民登録」の時に本籍地へ行ったとありますので(ルカ福音書2:13)、キリストの誕生年はかなり正確に絞り込まれます。およそ紀元前7〜4年であったでしょう。


 キリストの誕生日についても分りません。しかし1225日という日付には深い意味があります。キリスト教会は4世紀以降、ヨーロッパに宣教師をたくさん派遣しましたが、当事のヨーロッパでは「太陽の祭り」が1225日頃行われていました。それは一年で昼間が最も短くなる冬至(1222日)には太陽が死ぬのですが、それから2〜3日後には、昼間が長くなったのが実感できるので、この時に「よみがえった太陽を喜ぶ祭り」を行っていました。 キリスト教会はこの異教の習慣をキリスト教的に再解釈させ、旧約聖書のメシア予言にあった「義の太陽が昇る」(マラキ書3:20)をあてはめて、義の太陽であるキリストの誕生日=1225日としたのです。


 歴史家のケアンズはイエスが誕生したのはローマ帝国の治世下でなければならなかったと述べ、その理由をいくつかあげています。@ローマの支配により、ローマの道は国境によって閉ざされることなく、世界中に福音を運ぶことができた。Aローマ帝国の公用語の一つであるコイネーギリシャ語が世界中で通用し、福音が正確に伝わった。B人類は一つの権威の下にあるという感覚ができた。Cローマに敗れた国では宗教的喪失感が蔓延しており、ローマの多神教による不道徳もあり、真の宗教が求められていた。

posted by 横浜中央教会 at 19:08| ◇論壇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月13日

礼拝の大切さ

論壇:        礼拝の大切さ        12142014


 駐車場の掃除をしている時、近所の奥さんに話しかけられました。クリスマス礼拝に来るようお誘いしましたが、「私みたいな俗人は畏れ多くて来れない。教会はよそ者が見物目的で入る所ではないと思う」という返事でした。その奥さんは、朝早くから教会学校のスタッフが来ること、子どもたちが親の送迎を受けて集まって来ること、教会員たちが礼拝時間に間に合うように急いで集まって来る様子を、ベランダでいつも見ておられたのです。


 私は「そうではありません」と説明を始めました。クリスチャンが礼拝に毎週来るのは、自分が罪の誘惑に弱いと自覚しているから、神様に赦しを請うために来るのです。礼拝で毎週「罪の赦しの宣言」と「祝祷」をいただかなければ、正しい生き方が出来ないからです。礼拝は、私が来たいからというより、神様が私たち罪人を招いておられるからです。神様は私たちがこの罪の世の中で、悪いものに染まらないよう、新しい霊の力を礼拝で祝祷によって与えてくださる。それがキリスト教の御利益ですよ。そうお話しました。


 さて私たちの信仰はいかがでしょうか。礼拝の「罪の赦しの宣言」「祝祷」を本当にありがたいものと自覚しているでしょうか。聖餐式を霊の食物として、いつも重要視しているでしょうか。皆さんはこの世で、会社の日曜出勤命令などと戦い、苦労して礼拝に出席しておられます。それは礼拝に出ることが祝福だからです。一週間を生きるための霊のエネルギーを礼拝でいただいて、世の戦いに出かけましょう。この世の罪と戦うための免疫力を高めるためにも、何が正しいことかを見抜く眼力をつけるためにも、礼拝出席を励みましょう。「何が神の御心であるか、何が善いことで、神に喜ばれ、また完全なことであるかをわきまえるようになりなさい」(ローマ12:2)。


 復活のキリストは「この世にある聖徒らを集め」(ウェストミンスター信仰告白25: 3)、教会の頭として公同礼拝において臨在されます。神様は私たち一人一人の心の中に聖霊を住まわせてくださいます(Tコリント619)。また教会の中にも聖霊が住んでおられます(Tコリント316)。しかし聖霊が私たちの中で働いてくださるためには、復活のキリストの招きに柔順に従い、公同礼拝に集うことが前提です。その意味で、ウェストミンスター信仰告白は「教会は主イエス・キリストの御国、神の家、また家族であり、その外には救いの通例の可能性はない」と言い切ったのです(252)。


   しかしイエス様は礼拝を守れない弱い私たちを憐れみ、「悔い改めよ。見よ、私は(あなたの)戸口に立って、たたいている。だれか私の声を聞いて戸を開ける者があれば、私は中に入ってその者と共に食事をする」(黙示録31920)と今招いておられます。クリスマス礼拝では、すべての会員、求道者、新来会者が集まり、高らかに讃美歌を歌いましょう。  

posted by 横浜中央教会 at 16:41| ◇論壇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月06日

聖書を読みましょう

論壇:       聖書を読みましょう      1272014


 日本聖書協会のホーム頁によりますと、待降節から始まった新しい年はB年であると書いていました。B年とは聞きなれない言葉です。これはカトリック教会の伝統から来た用語で、聖書を3年周期で読むための聖書日課の用語です。3以上のすべての数字を3で割ると必ず余り1、2、0となりますから、これをABCに分けます。西暦2014年という数字を3で割ると671で余り1、これがA年。2015を3で割ると671で余り2、これがB年。2016を3で割ると余りゼロ、これがC年です。


 カトリック教会の聖書日課ではA年はマタイ、B年はマルコ、C年はルカを読みなさいと決められています。以下聖書のそれぞれの個所が3年サイクルに当てはめられて、3年で聖書全巻を朗読できるというわけです。本日12月7日の聖書日課ではマルコ118、イザヤ40:1 5, 9 11、詩編859 14、Uペトロ38 14が指定されていました。


 さらに、Lectio(読む)、Meditatio(黙想する)、Oratio(祈る)、Contemplatio(観想する)のステップを心掛けるようにとのことでした。これは古代の修道院の伝統を取り込んだやり方で、Lectio Devina(レクティオ・ディブィナ、聖なる読書)と呼ばれます。これは私たちも見習って良い習慣です。


 プロテスタント教会でも聖書日課があり、3年サイクルで聖書を通読するものが一般的です。しかし私が以前にも書きましたように、聖書のあるまとまった章や書を一定の時間をかけて読むことをお勧めします。エフェソ書やガラテヤ書なら、それぞれ約15分、マタイ福音書なら黙読で約1時間半ですから、30分づつ3回で読み切ることができます。聖書協会が発行している聖書日課に従って、毎日少しづつ読むことはもちろん益がありますが、物語になっている書は特に、あるまとまった章を10分でも20分でも、一定時間集中して通読することをお勧めします。


 待降節の今は旧約聖書のメシア予言の該当個所を読みますが、時代背景が分らないと、何が書いてあるのかほとんど理解できない個所が多くあります。従ってその書の「緒論」や「注解書」を学ぶ必要があります。教会図書にある注解書や『バイブル・ナビ』、『新エッセンシャル聖書辞典』などをお読みください。それともう一つ必要なのが「聖書の歴史」知識です。旧約聖書はエジプト、アッシリア、バビロニア、ペルシャ、ギリシャ、ローマ(新約時代)などの世界帝国興亡史との関係で書かれた時代の証言でもありますから、この大きな世界歴史の骨組みだけは、皆さんの頭の中にセットしておきましょう。

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2014年11月30日

待降節(Advent アドベント)

論壇:     待降節(Advent  アドベント)   11302014


 今年も待降節になりました。実は教会の暦は、今日から新しい年になります。アドベントという単語は「到来」を意味するラテン語アドべントゥス(Adventus)から来たもので、キリストの到来(降誕)を待ち望むので待降節と呼びます。


 キリストの到来には二重の意味があります。一つは2000年前に来られた私たちの救い主、御子イエス・キリストの第一の来臨、降誕を思い起す追憶の期間です。クリスマスまでの4つの主日を、降誕の祭典を祝う準備期間として守ります。もう一つは、この追憶を通して、終末に来られるキリストの第二の来臨(再臨)を待ち望み、心の準備をする準備期間です。この二つの理由により、待降節は感謝と喜びと期待に包まれた待望の時となります。


 しかし同時に、私たちはキリストが来られた時、キリストをお迎えするのにふさわしい信仰生活をしているでしょうか。復活のキリストの招きに従って「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして」毎週礼拝を守っているでしょうか。神を愛し隣人を愛しているでしょうか。


 待降節は一人一人が自ら深く反省し、悔い改めをする期間でもあります。私の罪を背負い、私の身代わりとなって十字架にかかるために生まれた方、そしてこの救い主を、この世に送って下さった神様のことを、このシーズンに深く瞑想しましょう。旧約聖書のメシア予言の個所を覚えて読みましょう(受付に資料が置いてあります)。また私たちの目は、助けや支えを必要としている人、弱い立場におかれている人を見ているでしょうか。戦争、分裂、憎しみ、飢餓などのない平和な世界が来るよう祈っているでしょうか。今年も東仙台教会ボランティアセンターから助けの要請が来ています。各自でできる範囲で応答しましょう。


 本日の講壇には4本のろうそくが飾ってあり、1本だけ火が灯っています。今日はアドベント第1主日、来週は2本のろうそくに火が灯り、再来週には3本の灯が・・。これは次第に近づいて来られる主を実感させる視覚教材です。家族に、知人に、学校の友だちに、職場の同僚に、隣人にクリスマスを知らせましょう。主がおいでになる!、だから喜んでお迎えしましょうと。「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分らないからである。…だから、あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである」(マタイ244244

posted by 横浜中央教会 at 07:30| ◇論壇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月22日

エフェソ書梗概、2

論壇:        エフェソ書梗概、2       11232014


 先週の論壇では全体の梗概を紹介しましたが、本日のテキスト個所1:1523の構成と、考察される内容は下記のとおりです。


15、16=祈りと感謝

初めて登場する「わたし」とは。「あなたがた」は誰か。「思い起こし」とは誰のことを思い出しているのか、または具体的対象者を指してはいないのか。「祈り」の内容としての「感謝」とは何か。


17、18前半=心の目

「栄光の源である御父」という神に関する形容詞は何を言いたいのか。

「知恵と啓示の御霊」:霊は聖霊のことか、その結果私たちの中に生み出された「神を知る霊」か。「神を深く知る」とは神の側からの働きかけによるさらなる深みか。「心の目」という独特な表現は「神を愛する心」。


18後半=神の招き(召し)によって与えられる望み

「神の招き」とは何か、いつどのようにして行われるのか。

「希望」(単数形、定冠詞つき。∴あの唯一の希望)とは何か=キリストを

わがものにすること。「受け継ぐもの」は何を受け継ぐのか。「悟らせる」ようにとパウロが祈っているのは、これがパウロの祈りの中心か。


19=絶大な働きをなさる神の力

文語訳「信じる汝らに対して行いたもう神の能(ちから)の極めて大いなるを知らしめたまわんことを願う。汝らの信ずるは神の大いなる能の感動(はたらき)なり」と、新共同訳の翻訳の違いの大きさはなぜか。

「神の力」とは不信仰の私たちを信じる者に変えた力か、すでに信じている私たちに働く力か(マルコ656では、イエスでも「何一つ力あるわざを行うことが出来なかった」とある)。パウロの祈りはここまで(15〜19)。


20、21=キリストのうちに働いた神の力

「力をキリストに働かせた」とは具体的には十字架からの復活。

「天において」が意味するものは何か。「右の座」とは何か。「支配」「権威」「勢力」「主権」のほかに挙げる「あらゆる名」という言い方によってパウロは何を言いたいのか。「来るべき世」とは未来のことか来世のことか。


22、23前半=キリストの体なる教会

「すべてのもの」と「キリストの足もとに」従っていないものがある現実との関係。「足もとに従わせ」は詩編8:7の引用。キリストと教会の関係:「キリストの体なる教会」という比喩によってパウロは何を教えたいのか。


23後半=キリストの充満(満たしている方の満ちておられる場)

教会の二つの定義文。「満たしている」とは何か。キリストが教会を満たす。世界にキリストはおられるが、教会には特別にキリストが満ちておられる。

posted by 横浜中央教会 at 15:53| ◇論壇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月15日

エフェソ書梗概

論壇:         エフェソ書梗概          11162014

 エフェソ書は3章の終わりが頌栄で閉じられているように、二つに分かれます。前半(13)=福音的教義、後半(46)=実践的道徳。内容と構造については二人の学者の梗概を紹介します


メリル・テニイ

1、序        1:12      

2、教会の成立       1:314       

  父なる神によって(1:36)     

  御子にあって(1:712)        

  聖霊をとおして(1:1314)        

3、教会の自覚、祈り 115-23    

  召されて抱いている望みについて     

  聖徒たちの継ぐべきものについて      

  力の偉大さについて            

  キリストの統御について          

4、教会の創造     2110     

  材料−怒りの子たちから           

  手段−恩寵によって  

目的ーよき働きをなすために 

5、教会の一致   2:1122             

キリストにある異邦人とユダヤ人の結合

6、教会の召し    3:1−21

神の知恵を啓示するため(3:113)

神の充満の経験のため(3:1421)

7、教会の行い  4:1−6:9

その使命、一致の内にある個人差(4:1-16)

その道徳的規準(4:17-5:14)

この世に対する共同の行動(5:15-21)

家庭における規準(5:22-6:9

8、教会の闘争   6:1020

9、結論      6:2124


F.F.ブルース

第1部:神のご計画の中に見られる新しい共同体(1〜3章)

1、挨拶(112)    

2、賛美(1:3〜14    (a)神の永遠のご計画の中の奥義(1:4〜12

 (b)ユダヤ人と異邦人とがキリストにあって一つにされた(1:1314)

3、知恵を求める祈り(115〜2:10

  (a)「死人の中からの復活」に現わされた神の力(11923)  

  (b)罪の中に死んでいた者たちをよみがえらせた神の力(2110)

4、異邦人が約束の相続人とされた(21122

5、再び知恵を求める祈り(3113

  (a)キリストの奥義(327  (b)その奥義のためのパウロの務め(38-13

6、知恵を求める祈りの結論(3:1419) 

7、賛美(頌栄)32021


第2部:信者の歩みの中に表現された新しい共同体(4〜6章)

1、キリストの体の中の多様性を伴う一致(4:1〜16

2、古い生活と新しい生活の比較(4:1724

3、新しい生活のための教え(4:25〜5:2)

4、古い暗闇と新しい光(5:3〜21

5、クリスチャンの家庭生活(5:22〜6:9)

  (a)妻と夫について(52333(b)子どもと両親について(614

(c)奴隷と主人について

6、神の武具(6:1020     

7、終わりのあいさつ(6:2124

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2014年11月08日

パウロ

論壇:          パウロ         1192014

 本日からエフェソ書の連続説教を始めます。6章だけの短い手紙で、通読すると音読で23分です。一度全体を通してお読みください。


 エフェソ、フィリピ、コロサイ、フィレモンの各書簡には、著者パウロが「獄中にいる」とか「鎖につながれている」という表現が出てきますので(エフェソ4:16:20、フィリピ1:13、コロサイ3:3、フィレモン9)、これらの4通は獄中書簡と呼ばれます。パウロは紀元64年、ネロ皇帝のキリスト教迫害で殉教したと伝えられていますので、エフェソ書の執筆年代は61年か62年と思われます。


 パウロはイスラエルの宗教、つまり旧約聖書の宗教を全人類の宗教にしたという点で、最大の功績を果たした人物です。パウロの紹介は聖書の様々な個所で書かれています。使徒言行録では、教会迫害者として非常に熱心だったパウロが、復活のイエスに出会い、ねじ伏せられるようにして改信させられたいきさつを、3度にわたって紹介しています(92226)。また「キリキア州タルソス出身。エルサレムで育ち、ガマリエルの門下生。キリスト教の迫害者」(22:3-4)。ローマの市民権を持ち(16:37)、律法に忠実なファリサイ人の家に生まれ(23:6)、姉妹もエルサレムに住んでいました(23:16)。初代教会の仲間に入れられた後、アンティオキア教会から派遣される海外宣教師となり、3回の伝道旅行をし、地中海各地に教会を立てました。


 ガラテヤ書では、教会の迫害者であったが、復活のイエスに会った後改信したこと、アラビアで伝道したことなどを想起しています(1:1124)。フィリピ書では、過去のユダヤ教徒時代には「非のうちどころのない者」であったと自慢しています(3:5,6)


 表題の「エフェソにいる聖なる者たち」という言葉は初期の重要な写本にないものがあります。またローマ書にあるような個人的挨拶がありませんので、これはアジア州にある諸教会に回覧された手紙であろうと考えられています。内容的にはローマ書やコロサイ書、他の書簡や福音書とも似ている部分が多くあります。これらの様々な要素を考えると、エフェソ書は晩年のパウロがローマで、手元に何の材料もない状態で、今までパウロが書いた多くの手紙の文章や、覚えた讃美歌などの記憶だけを元にして、監禁中に口述筆記した、パウロ神学の総まとめを手紙の形で書いたもので「キリスト・イエスのゆえの苦難を負いつつ使徒パウロが獄中で深め、また高めた神賛美の作品」(榊原)です。これをもらった各地の教会は自分の教会の表題をつけて保存したが、エフェソの教会が最も主導的な教会だったので、この表題が残されたと言われます。       

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2014年11月02日

創世記の講解説教を終えるにあたって

論壇:   創世記の講解説教を終えるにあたって  1122014


 2013年4月21日から始まった創世記の連続講解説教は本日が最後です。1年半かかりましたが、シーズン説教や、入院時、特別説教日などを除くと、本日を含めて全63回でした。朝日カルチャーセンターの「聖書を読む講座」は1回90分の授業で2800円だそうですから、私の連続講解説教を聞いた方は、それ以上の価値を得ることができたはずです。


 尤も説教は教養講座ではなく、神の御言葉の解き明かしと適応であって、授業ではありません。礼拝の場におられる神様の臨在に触れていただき、神様に出会うことができなければ礼拝にはなりません。


 牧師は礼拝の場におられる主を聴衆の心に映し出すことができるよう、日々勉強と努力を重ねています。礼拝とは神を拝むことだからです。そのためには、主を映し出す説教者のレンズが曇っていたり汚れていてはいけません。説教者は日々、聖書、注解書、辞書などを研究しますが、聴衆の心身の状態を観察することも大事です。教会員が今どんな問題で苦しんでいるのか、健康と魂の状態にも心を配らねばなりません。皆様も牧師に、ご自身の生活環境の変化、健康状況について教えてくだされば、牧師は祈りに覚えつつ、御言葉の解説と適応を心がけます。


 それと共に、説教を聞く聴衆の側では、自身の心にあるスクリーンを常に白く保っていただいて、説教者によって映し出される主を明瞭にしていただく必要があります。説教者のレンズがどんなに磨かれていても、光源をいくら大きくしても、スクリーンが汚れていたり、しわだらけであれば、主は明瞭に映し出されません。そのためには土曜日の過ごし方がとても重要になります。聖書を開き、日曜日の説教個所をあらかじめ読んで予習するのは大変良い準備になります。また牧師の健康のために、また会員一人一人を心に浮かべて、祈ることも大切です。牧師は皆様の祈りによって支えられているからです。


 創世記全巻の説教を終えて感じることは、ユダヤ人がいかに歴史を学ぶことを重んじたかということです。人間は歴史という大きな川の流れの中で、浮かんでは消えていくあぶくではなく、懸命に泳いでいる種々の生き物です。ビーバーのようにダムを作って小さな流れをせき止めることさえもします。しかしほとんどの人間は、ただ時の流れに身をまかせて漂っているだけですが、クリスチャンは川の流れの最後に大きな滝があることを知っています。そのためにいつでも岸から主が呼んで下さる時には耳を傾けて地上にはい上がります。川はクリスチャンにとって永遠の住まいではないからです。歴史も私の人生も神様が造り、導いていてくださる。そのことを創世記は教えています。            
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2014年10月25日

宗教改革と500年祭

論壇:        宗教改革と500年祭     10262014


 本日の礼拝は宗教改革記念日礼拝です。15171031日、マルティン・ルター(14831546年)が、当時のカトリック教会が行っていた免罪符に対する抗議書(神学議論への招待状)を掲出し、ここからヨーロッパ宗教改革はスタートしました。2017年は500年祭というわけで、多くの記念行事が計画されています。日本キリスト改革派教会創立70周年は2016年ですので、500年祭と共に覚えて、両者の歴史(宗教改革史と日本キリスト教史)を再確認する学びをするのに良い機会です。


 宗教改革が起った背景として指摘される要素の一つは、ドイツのグーテンベルク(1398-1468年)による、金属活字を使った活版印刷技術の発明です(1439年頃)。それまでの高価な手書き写本や木版画印刷本に比べてはるかに安価になり、この技術によって多くの古典が広く読まれるようになり、ルネッサンス(文芸復興)の時代を起こしました。


 聖書の印刷も飛躍的に増え、ラテン語の素養さえあれば、多くの人が自分で聖書を読むことができるようになりました。またそれまではヘブル語やギリシャ語の写本以外では、ラテン語聖書だけが存在していましたが、自国語に翻訳する学者たちの努力により、一般庶民も聖書を自分で読むことができるようになりました。しかし翻訳者たちは教会の迫害に遭い、多くの人々が殉教していきました。この宗教改革前史時代が終わり、ルターは後に聖書をドイツ語に翻訳しました。


 ルターの宗教改革は個人の信仰の改革を主眼点にしていましたが、カルヴァン(15091564年)は礼拝様式と教会制度の改革に着手し、ジュネーブ市議会に働きかけ、教会規則を整備し、長老職と執事職を回復し、長老制の基礎を作りました。また礼拝式文を整え、ジュネーブ詩篇歌を採用し、信仰告白・カテキズム(教理問答書)を作成して信徒の教理教育に励みました。現在夕礼拝で私が行っている連続講解説教では『ジュネーブ教会信仰問答』を用いていますが、これはカルヴァンが1542年に書いたものです。またカルヴァンは聖餐を重んじ、毎回の礼拝でこれを執り行おうとしたが、それは市当局の反対により実現しませんでした。


 宗教改革時代の大きな特徴は信条(信仰告白)が生み出されたことです。改革派教会の信条だけでも、多くの国でそれぞれ誕生し、その数は60数個にのぼると言われます。宗教改革時代の終わりに諸信条の集大成として、キリスト教の詳細な教理を組織的に言い表したものが『ウェストミンスター信仰基準』(1645-1648年)です。本日の夕礼拝ではK長老の奨励により、『ウェストミンスター大教理問答』を学びます。


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2014年10月11日

新会堂の増築によって何が変わるのか

   論壇:   新会堂の増築によって何が変わるのか  10122014


 本日の半日修養会の主な議題は、@礼拝について、A新会堂活用方法、となっています。礼拝については、プログラムの骨子は変わらなくとも、賛美方法、讃美歌の選択などは、委員会を作るなどして、新しい会堂での賛美方法について研究していただくと良いでしょう。現在の「説教の分かち合い」はあまり活発ではありませんので、廃止しても良いかもしれません。


 「創立宣言」は今まで起立して朗読していましたが、クレームもありましたので、来年(426日)は着座のままでと考えています。内容について「良く分らない」という感想がありますので、一度きちんと学ぶことが必要でしょう。この宣言の意義を解説する説教を、朗読日に先立って3回ほど連続説教しようかと考えています。改革派教会は「歴史の反省と、歴史の継承の上に立つ教会」ですから、宗教改革史と、日本キリスト教史をきちんと学んでいただくことが、現在の私達の信仰のアイデンティティにつながります。


 新会堂ができると、今まで教会学校の時間に外で待っておられた親御さんたちをホールに招いて、お茶コーナーで待っていただくことができます。教会学校の分級も、部屋が増えますから多彩なプログラムを考えることができます。1階のホールではゲーム遊びや工作もできるでしょう。春休みや夏休みには「お泊まり会」もできます。9月15日に横浜教会で芸術祭IBUKIのイベントが行われ100名以上の参加者がありましたが、このようなイベントも、新しい会堂なら、当教会へ招致することができます。


 増築のアンケートでは「人数が減っているのに、なぜ今必要なのか」という意見がありました。私の経験では「現状打開」はいつでも、「今」行わねば、何も変化は起らないのです。もっと人数が増えたら、もっと献金額が増えれば、などの「たら」と「れば」で歴史が進展することはありません。 


 「教会は建物で建つのではなく、一人一人の信仰で立つ」のですが、その信仰とは「昨日と何も変わらない今日への連続」ではなく、昨日というマンネリから変えられた今日を具体的に目指す信仰です。横浜中央教会には、今現状を変えたいというヴィジョンが与えられ、必要な建築費も満たされつつあります。新会堂増築はそのための一つの手段です。皆さんの教会形成と伝道への熱心が、これによって変えられることが最大の収穫です。


 またこれは優先度の問題ですが、この教会の玄関は中の様子が見えなく、他人の入場を拒む入りにくい顔になっています。予算にゆとりができるなら、または本体の予算を削って、牧師室に大きな窓を作り、カフェのような機能を持たせ、ここで行われる週日の婦人会の様子を外から見ることができるなら、地域の人も入りやすくなるでしょう。牧師室をどうするのかという問題は別途考えねばなりませんが・・。また隣接地との壁の際のコンクリートを少し切り取って、地植えの花壇ができたらとも思います。

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2014年10月04日

教会作りは参加しなければ面白くない

論壇:   教会作りは参加しなければ面白くない  1052014


 先週は各地の小・中学校で運動会が行われ、場所取りのために並んだ親もおられたようです。昔の運動会では親が参加するプログラムが必ずあり、地区対抗リレーや玉入れ競争などもありました。親も出場することによって、単なる見物人ではなく参加者となり、秋の一日を楽しんだものです。自分が参加しないイベントは、ただ見物するだけですから、責任もありませんし努力のしがいもなく、おもしろくもないでしょう。


 次週の午後は教会全体の半日修養会が計画されています。企画委員会の計画によれば、お昼を皆で長めにとって、普段あまり話すことのない会員ともおしゃべりを楽しんだ後、午後2時から開始し、会堂建築委員会から現在の進捗状況を聞き、その後新会堂の活用と礼拝のあり方について懇談するというのが主な内容です。新会堂には1階に広いスペースもできますから、この活用方法を考えるのも楽しみです。


 教会建設は建物の建築だけではありません。中身のあり方がもっと重要です。それで礼拝のあり方について考えるというのはとても良い企画です。ぜひ皆さんのご希望や夢、ヴィジョンを聞かせていただきたいと思います。教会建設は参加型のイベントです。見物人でいたのではおもしろくも何ともありません。自分で参加してはじめて、この教会を私も作りあげていくのだ、という意識が生まれてくるでしょう。横浜中央教会はあなたが作るのです。しかしその参加の形態は賜物の違いによって、人により異なるのは当然です。


 さて、昨年4月21日から始まった創世記の連続講解説教は、あと数回で終わる予定です。その後の説教についてですが、聖書のどの書を取り上げようかと、現在考慮中です。皆さんからのご希望があれば今の内にお聞かせください。近年の朝の礼拝説教は下記の通りです。


  ルカ福音書    =2002 9222005 116

  詩編抜粋     =2005 1237319回)

  Tコリント書   =2005 7242006 730

    使徒言行録    =2006 9102008 420

  聖書の重要教理  =2008 427 7611回)

    旧約聖書の重要個所=2008 7132008年末(13回)

  Uコリント書   =2009 1 42009 614

  ハイデルベルク信仰問答 =2009 6212010 725

  マタイ福音書   =2010 8 12013 310

    創世記      =2013 421201411

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2014年09月28日

東部中会婦人会総会

   論壇:        東部中会婦人会総会      9282014


 今週火曜日に「東部中会婦人会総会」が行われます。これは毎年3〜5月に行われるものですが、今年は講師のK.Tさんの日程に合わせてこの時期になりました。また横浜中央教会が開催準備当番教会になりましたので、随分前から婦人会会長のK.Kさんをはじめ、関係者の方々が準備をしていてくださいました。この会は今まで総会と修養会が別々に行われていましたが、準備の大変さから、近年は両方を一日で終わらせるケースが多くなりました。


 この会の準備に当たる役員は、前年度当番教会、今年度当番教会、次年度当番教会という3教会が、東部中会の中で回り持ちで当番をすることになっています。この会は来年で50周年を迎えますので、次年度当番に当たる江古田教会では記念行事を考えています。


 東部中会婦人会の前身は首都圏連合婦人会でした。当事中会連合長老会や中会連合執事会などのオフィシャルな団体のほかに、首都圏連合○○会と呼ばれる集まりが、活発な活動をしていました。首都圏連合青年会をはじめ、埼玉地区連合青年会、千葉地区連合青年会、千葉地区信徒修養会、千葉地区婦人会などです。これらの団体が集まる目的は、改革派教会のアイデンティティ(帰属意識)を学び、互いの親睦を深め、祈り合うためです。我々はなぜ改革派教会なのか、何を目指しているのかなどを、創立宣言や20周年宣言、30周年宣言、40周年宣言などをテキストにして学ぶ形が多かったのです。そのほか各個教会では学ぶことが難しいテーマを選んで、勉強会が続けられてきました。各自が所属している教会だけが教会ではなく、東部中会も私が属する教会だという意識を植え付け、改革派信仰の継承に努めてきたのです。そこから、地方伝道に対する援助、開拓伝道、海外伝道などが進められてきました。


 連合青年会では一つの小さな伝道所のために、近隣の者たちが集まって特別伝道集会のちらし配布をすることもありました。数年前に神奈川地区教師会の音頭で、いずみ伝道所のちらし配りをおこなったことは皆様の記憶にも新しいことでしょう。


 このように東部中会は一つという意識の高かった時代は、夏の信徒修養会や信徒修養会などにはいつも200300人を越える参加者が集まり、互いの交わりが深まりました。このような場所に積極的に集まって学ぶ者たちが、それぞれの教会の役員に育っていきました。改革派信徒は歴史と聖書の教理を学ぶ者たちです。宗教改革の歴史、日本キリスト教史、改革派信仰の教理を学ぶ努力とスピリットがなくなったら、それはもはや改革派教会ではなくなります。

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2014年09月20日

エジプトのヨセフ

論壇:       エジプトのヨセフ        9212014


 創世記に登場するエジプトの総理大臣ヨセフについて、これは歴史的人物ではなくフィクションだという人がいます。それは古代の大帝国であったエジプトで、外国人の奴隷が総理大臣になるなどということはあり得ないからだというわけです。


 エジプトの古代史には謎に包まれた時代が多いのですが、第1中間期時代から、次第にアジア人を中心とした外国人を、傭兵や奴隷として導入する動きが活発になりました。第2中間期(第1317王朝時代、紀元前1785年頃〜1570年頃)と呼ばれる時代に、エジプトはヒクソスと呼ばれる外国民族に支配された時代があることが分かっています。


 ヒクソスは「異国の支配者達」を意味する古代エジプト語で、一般にシリア・パレスチナ地方に起源を持つ雑多な人々の集団であったと考えられていますが、ヒクソスの起源についてはエジプト学における未解決の問題です。ヨセフがエジプトに売られていったのが、このヒクソスの時代だとすると、ヒクソス人であるエジプトの王ファラオが、ヨセフに親近感を持ったこともあり得た話になります。


 一方でヒクソスに関する同時代の文書史料はほとんど残されていません。これは彼らが直接支配したのがナイル川三角州の限られた地方だけであったことも原因ですが、それ以上に異民族によるエジプト支配が屈辱的なものと見なされ、次の王朝時代にエジプト統一がなると、ヒクソスに関連した記念物の多くが破壊されてしまったことが大きな理由であろうと考えられます。ヨセフの功績、記録、記憶も削除されてしまったのでしょう。


 これとは別に『出エジプト記』には「ヨセフのことを知らない新しい王が出てエジプトを支配し」たとあります(1:8)。イスラエル人は奴隷として苦しめられますが、モーセによって出エジプトします。このモーセを育てたエジプトの継母「王女」は、当時権力を持っていた第18王朝5代目のファラオ、ハトシェプスト女王(Hatshepsut、在位紀元前1479年頃〜1458年頃)と言われます。


 話は飛びますが、その後のエジプトでは、紀元前1360年頃、アメンホテプ4世によるアマルナ宗教改革が起こりました。これは伝統的なアメン神を中心にした多神崇拝を廃止し、太陽神アテンの一神崇拝に改めたことで、世界最初の一神教といわれます。しかしこれは一時的なもので、紀元前1345年頃、ツタンカーメン王がアメン信仰を復活させました。

先週の説教では、このアメンホテプとツタンカーメンを取り違えて話しましたので訂正させていただきます。                  

posted by 横浜中央教会 at 18:42| ◇論壇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月14日

大飢饉

論壇:           大飢饉         9142014


 創世記のヨセフ物語もいよいよクライマックスに近付きました。本日のテキスト42章では、大飢饉に直面したヨセフの兄弟たち10人がカナンの地からエジプトへ穀物を買いに来ます。7年も続いた飢饉は世界史的にも珍しい事件です。


 日本で良く知られている「天明の大飢饉」(1782-1788年)では10数万人が餓死したと伝えられますが、世界的にはもっと悲惨な飢饉が記録されています。古代での飢饉は記録が残るだけで、その規模はほとんど分りません。記録が比較的正確に残るようになってからの、戦争以外の理由による有名な飢饉では、ベンガル大飢饉(1770年)で1000万人、エチオピア大飢饉(198485年)の餓死者は100万人と言われます。


 これとは別に、スターリンのウクライナ弾圧による大飢饉(1932年、ホロドモールと呼ばれる)の餓死者は7001500万人と言われ、これが現在のロシア・ウクライナ紛争の遠因になっています。


 さてヨセフの兄弟たちが購入しようとした穀物の分量はいかほどだったのでしょうか。15世紀のフランス・オーヴェルニュの貴族を「大食らい」と非難した文献では、貴族が一人あたり500sのパンを年間に消費していたという記録があるそうです。しかしこれは相当大食らいの部類で、砂漠のベドウィンは今でもその10分の1程度です。食パン一斤のレシピを調べましたら、薄力粉150g、強力粉100gとありました。これだけの分量で一人が2日半食べれるとしますと、小麦粉約200gで1日分の食料と言う目安になります。ヤコブの一族郎党が70人(46:27)とありますが、使用人や奴隷の数は入っていません。結局ヤコブ一族およそ100人が半年生き延びるためには、1トンの小麦が必要です。ろば一頭が運べる荷物量を50kgとすると、ろばは20頭必要です。これが兄弟10人でエジプトに行った理由でしょう。


 エジプトに食料を買い付けに来るのは個人ばかりでなく、商人や外国の王から派遣された大量購入の使節団もいたでしょう。穀物は戦略物資ですから、敵性国家に売るわけにはいきません。買い手を注意深く選別する必要があります。ヨセフが兄弟たちをスパイだと因縁を吹っかけたのには理由があったのです。もちろんヨセフは総理大臣になってから、スパイを遣わし、故郷の様々な情報を得ていたことでしょうが、公私混同と言われるのを恐れて、家族の情報収集はしなかったのかもしれません。しかし出入国監理官に、あらかじめこういう者が来たら知らせるようにと命令していたことでしょう。本日のテキストでのヨセフの行動は、古代文学でのサスペンス劇として観賞できるものです。

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2014年09月06日

秋からの活動と改革派信仰

論壇:     秋からの活動と改革派信仰      972014


 今年も残すところ4カ月、これからの活動が実り豊かになるためには、

良い計画をするかどうかにかかっています。これからの教会活動の主な行事は、


9/15(月);IBUKI(横浜教会)

  27(土):フリマ(ボランティア募集)

  28(日):全員懇談会(秋の修養会、特伝、建築委員会の報告、クリス

       マス行事の確認など)

  30(火):東部中会婦人会総会(岩間プラザ)

1012(日)〜13(祝日):半日修養会 or 一泊修養会(or11/2〜3)

  14(火)〜16(木):定期大会(大阪YMCA)

  19(日):神奈川地区講壇交換:立石牧師は青葉台教会へ。当教会での

         説教は川杉安美教師(綱島教会)

  26(日):宗教改革記念日礼拝

11/9(日):東部中会教会学校教師研修会(東京恩寵教会)

  24(月):東部中会第2回定期会(東京恩寵教会)

  31(日):アドベント第1主日 連合長老会、連合執事会

1214(日):教会学校クリスマス会?(または21日)

  20(土):地域の子どもクリスマス会

  21(日):クリスマス礼拝、祝会

  24(水):キャンドル礼拝

  28(日):全員懇談会(回顧と展望)、合同役員会(予算編成会議) 


 さて故ケネディー大統領の就任演説の、次のフレーズはよく知られています。Ask not what your country can do for you; ask what you can do for your country (国家があなたのために何をするかではなく、あなたが国家のために何ができるかを問いたまえ)。国家と教会を置き換えて、私に都合の良いことを言おうとしているのではありません。教会はキリストの代理人として礼典を司り、御言葉を説き明かすのが本来の存在理由です。しかしここでは、教会において、会員一人一人に使命があることを自覚していただくために、上記のフレーズを引用しました。


 皆さんは自分の主体的意志で、この教会の会員になることを選ばれたと思います。しかし神様の側から言いますと、神様があなたをこの教会に遣わされたのです。人間の意志が100%、しかし神のご計画(摂理)が100%、あなたの選択の背後にあったのです。創世記のヨセフ物語はこの「摂理」を教えるために書かれました。皆さんは、この教会で神の栄光を表すために、それぞれの使命を与えられてここに遣わされた。これが聖書の教える改革派信仰です。私たちはこれをアーメンと確信し、キリストの教会を改革し続ける人になりたいものです。改革派教会とは「改革され続ける教会」だからです。

posted by 横浜中央教会 at 15:31| ◇論壇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月31日

書評『もっと教会を行きやすくする本

論壇:   書評『もっと教会を行きやすくする本』  8312014


 夏休み中はひたすら寝ていましたので、神学と関係のない小説など、軽いものを何点か読みました。その中に、I長老が教会に献本してくださった表題の本がありました。この表題は日本語としてはおかしな言い方ですが、副題に「新来者から日本のキリスト教界へ」とありますように、八木谷涼子というクリスチャンでない著者が、どういう興味からか、あらゆる種類の教会巡りをして、「入りやすい教会と入りにくい教会」を、外部の目から見て、興味本位に批評している本です。


 この著者は以前に『知って役立つキリスト教大研究』を新潮社から出版してヒットしていますから、キリスト新聞社が「二匹目のどじょう」を狙ってしかけた隙間産業的な本です。隙間産業とは、これまで注目されていなかった分野に着目し、新しい販路を開発するなどして生み出された産業のことです。いかにも「ある程度は売れるだろう」を狙った本ですが、内容的には読んでも損はありません。特に教会の受付係が読むと「外部の人が教会をどう見ているか」が分りますのでぜひお読みください。著者はたくさんの教会を巡って、週報、新来会者カードを収集しましたので、資料的には参考になる点があります。笑ってしまったのは、ある教会の「新来会者カード」に様々な質問項目があり、その一つに「説教の感想」なるものがあったそうです。


 また、新来会者にとっては、報告の時間に「紹介」されるのは苦痛だとのことですから、私たちも考えても良いかもしれません。「礼拝後に新来会者を紹介する時間がありますが、お名前を読み上げてもよいですか? YESNO」のような質問事項を加えましょうか。

 「愛の心を感じるとき」というコーナーでは、聖書と讃美歌に、当日の読む個所と歌う個所を教えるしおりが挟んであったとのことです。当教会では以前から聖書に当日の個所のしおりを挟んでいますが、受付係の方は、これを讃美歌にもお願いできるでしょうか。しおりがたくさんいりますね。

 「教会とインターネット」というコーナーでは、古い情報が更新されない教会は、活動していない教会と思われるという警告があります。また画面に広告が出るホーム頁にはがっかりさせられるとありました。


 ちょっと考えさせられたので、「弛緩した礼拝」という項目を紹介します。「どの教会でも気になるのは、聖書朗読のときの読み間違い、司式者が進行を把握していないことによる不手際。司祭が読むべき式文をちゃんとわかっていない。間違った数字(讃美歌番号、ページ数)がアナウンスされる。週報の一部が先週の情報のまま。キリスト教の礼拝とは、昔からこのようなものでしょうか。それとも近年特有の現象でしょうか。だとしたら、何か理由はあるのでしょうか。教会外の者からの疑問です。」(77頁) 

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