2016年07月17日

ヨハネ福音書における新旧交替

論壇       ヨハネ福音書における新旧交替     7172016


 今まで学んできましたヨハネ福音書では、ユダヤ教の古いものがキリスト教の新しいものに交替するというパターンで話が進んできましたが、イエスはこれを、ユダヤ教の年中行事である祭と関連させて説明されることもありました。


 2章の「カナでの婚宴」ではユダヤ人が清めに用いる「石の水がめ」の水が、イエスによってワインに変えられます。これはユダヤ教という戒律に縛られた喜びのない宗教が、イエスによって新しい喜びの宗教に替えられたことです。


 2章13節以下では過越祭に詣でられたイエスが、「商売の家」と堕落した神殿に替って、「イエスの体である神殿」を建てると言われます。


3章でイエスは、ニコデモに対して「新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と言われました。22節以下では洗礼者ヨハネは「あの方は栄え、わたしは衰えねばならない」と言います。


 4章では、サマリアの女に対してイエスは、ヤコブの「井戸の水」よりもイエスが与える「永遠の命に至る水」を求めよと教えます。さらに礼拝はエルサレムでも「この山」でもなく、今「霊と真理をもって礼拝する」時が来ると言われます。


 5章ではベトザタ池の水が病を治すのではなく、イエスを信じる者は「死から命へと移っている」と説教されます。6章では再び近づいた過越祭で、マナを降らせたモーセではなく、イエスこそ「命のパンを与える」メシアであると言われます。7、8章では、水と光の祭である仮庵祭を用いて、イエスを信じる者の内から「生きた水が川となって流れ出るようになる」、また「わたしは世の光である」と言われます。9章の盲人癒しでは、「見えない者は見えるように、見える者は見えないようになる」大逆転が起こると言われます。


 本日の説教テキストである神殿奉献記念祭では、ユダ・マカバイオスがBC1641225日に、アンテオコス4世によって汚された神殿を再建し「宮清め」の祭が始まりましたが、イエスこそ「父と一つ」であって父から派遣された神殿の「御神体」なのだと主張されているようです。 イエスは羊の門、良い羊飼いです。そしてユダヤ人たちがイエスを信じないのは「メシアであるかどうかを判断するのは自分たちだ」という、ユダヤ人たちの逆転した価値観のゆえでした。このようなユダヤ人に対してイエスは「わたしの羊ではない」と最終的な絶縁宣言をし、「ヨルダン川の向こう側」へ去って行かれます。

posted by 横浜中央教会 at 06:52| ◇論壇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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