2016年03月12日

命のパンとエデンの木の実

論壇       命のパンとエデンの木の実       3132016


 ヨハネ福音書6:2259でイエスは「私は命のパンである」(3548)、「天からのパン」(3132)、「まことのパン」(38)、「神のパン」(39)、「天から降って来たパン」(415158)と言われます。この言葉について大昔から、旧約聖書の言葉や出来事と比較する研究が多くありました。古くはニュッサのグレゴリウス(335年頃−394年頃、カッパドキア三教父のひとり)が、イエスのパンとエデンの園の木の実を比較した下記のような研究があります。


     創世記              ヨハネ6章     

「善悪の知識の木からは、決して  「これは天から降って来たパンで

食べてはならない。食べると必ず  あり、これを食べる者は死なない」

死んでしまう」  (2:17)            (6:50)


「人は…善悪を知る者となった。  「わたしは、天から降って来た生

今は、手を伸ばして命の木からも  きたパンである。このパンを食べ

取って食べ、永遠に生きる者とな  るならば、その人は永遠に生きる」

るおそれがある」 (3:22)            (6:51)


「こうしてアダムを追放し」    「私のもとに来る人を、私は決し

         (3:24)   て追い出さない」  (6:37)


 また本日の説教で取り上げますように、ヨハネはイエスという方を「神の言葉」として読者に紹介するために、旧約聖書の様々な表現を思い起こしながら説教したのでしょう。「主は…あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」(申命記889)。「わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでもなく、水に渇くことでもなく、主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。人々は…主の言葉を探し求めるが、見いだすことはできない」(アモス8:1112)。


 本日の私の説教の結論は、「雨も雪も、ひとたび天から降れば、むなしく天に戻ることはない。それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ、種蒔く人には種を与え、食べる人には糧を与える。そのように、わたしの口から出るわたしの言葉も、むなしくは、わたしのもとに戻らない。それはわたしの望むことを成し遂げ、わたしが与えた使命を必ず果たす」(イザヤ551011)。このイザヤ書の「言葉」を「イエス」と読み替えると、イエスが神から遣わされて来て、地上でなさねばならなかった使命が何であったかが分かります。

posted by 横浜中央教会 at 17:35| ◇論壇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする